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刑事事件専門 弁護士中澤剛のblog

2014年9月8日

逮捕に強い東京の刑事事件専門弁護士・・・刑法上の因果関係

author:弁護士 中澤 剛

仕事の合間に、久々にこの本を読みました。
「講義・刑法学総論」
という、井田良先生の著書です。

規範論的一般予防というムツカシイ言葉を使ったりしていますが、やはり名著です。
読むと非常に知的好奇心をそそられます。
(仕事・実務でほとんど使いませんが・・・笑)
しかし、この本の因果関係の議論を改めて検討すると、腑に落ちない箇所があります。
相当性の判断の基礎事情として、一般人の認識可能な事情を組み入れるのは、やはりおかしいのではないか、ということです。

本書の中で、以下のような事例があります(126頁)

AさんがBさんを突き飛ばしました。
Aさんは極度の近眼でした。
実は、Bさんの背後には急な階段があったのです。しかし、近眼のAさんにはそれが見えていませんでした。
Bさんは、階段から転落して死んでしまいました。

この場合に、Aさんにいかなる罪が成立するでしょうか。

ここでは、Aさんに傷害致死罪が成立するのか、それとも単に暴行罪(または傷害罪)が成立するのかが問題となります。
Aさんの暴行と、Bさんの死亡とに因果関係があれば、傷害致死罪ですが、因果関係がなければ暴行(又は傷害)とまりです。

Aが突き飛ばさなくてはBは死ななかったんだから、因果関係あるに決まってるじゃん、と思うのは、条件関係というレベルの話です。
「あれなければこれなし」(Aの暴行なければBの死亡なし)といえるので条件関係はあります。

しかし、刑法は、条件関係があればなんでもかんでも因果関係あり、とはしていません。

たとえば、私がXさんを1発ビンタしたとします。
Xさんは怒って、私への復讐を考えました。
そして、Xさんは、皇居周辺をジョギング中の私をピストルで射殺する計画を立てました。
●月●日、Xさんが、私をピストルで撃ちました。しかし、これが外れてしまい、偶然にも近くにいた暴力団組長Yの頭に直撃しました。
Yの舎弟が激怒して反撃し、Xを拳銃で撃ち殺しました。

このような事例では、私のビンタとXの死亡では、条件関係はありますが、私がXの死亡まで法的に責任は負いません。

このように、条件関係以外の制限をかけないと、おかいいんじゃないか?という問題意識があります。

そうだとして、どのように制限をかけるのか。

この点について、その行為から結果が発生することが経験上一般的であるとされるときに刑法上の因果関係を認めるとされています(相当因果関係説)。

とはいえ、どの事情を基礎にして、相当といえるかを判断するのか。
この点について、私の敬愛する井田良先生は、行為時点で存在した事情のうち、行為者の認識していた事情及び一般人が認識可能であった事実を基礎として、相当性を判断すべきとされます。
その理由について、井田先生は、規範論的一般予防という違法論を根拠に求めておられます。
規範論的一般予防とは、要するに、刑法の存在理由は、規範(人を殺してはいけない、等のルール)を一般の人々に事前に明らかにすることにより、殺人を始めとする違法行為が行われることを予防している点にある、という考え方です。
そうすると、その人が認識していたのに、行為をした場合は、やっちゃいけないルールを犯してわざとやっているのだから、違法だと判断してよい、つまり因果関係を認めてよいことになります。これは規範論的一般予防の帰結でしょう。
しかし、一般人が認識可能であった事実を基礎事情とするのはおかしいのではないか。
この点について、井田先生の上記著書126頁によれば、「違法評価は一般予防のために刑法規範の名宛人たる人に向けて行動準則を与えようとするものであること(→81頁以下)に鑑みて」、因果関係の判断においては、行為者の立場に置かれた一般通常人が認識できた事情も判断の基礎に加えるべきであろう、とおっしゃいます。
しかし、規範はあくまで行為者に向けられている筈です。そうであれば、行為者が認識していた事情のみを基礎とするのが論理的であると思われます。規範論的一般予防論とは、あくまで、個々の行為者に対する働きかけをすることで、違法行為を抑止しようとする考え方である筈です。たまたま「一般予防」と「一般人」という言葉が一致していても、規範論的一般予防の名宛人は、あくまで個々の行為者なのではないでしょうか。

井田先生自身、同著128頁で、「行為者の主観的認識内容の相違に応じて異なった違法性判断が加えられることがむしろ当然」とおっしゃっています。
この言葉からすると、行為者が認識していた場合と、行為者が認識していなかった(一般人だけが認識できた)場合とでも、異なった違法性判断が加えられることが当然になるのではないでしょうか。

おそらくは、この点は、相当性の判断として一般人が認識可能であった事実を基礎としないと結論の妥当性が維持できないために、やむを得ず論理的一貫性をやや後退させたところではないか、と私は思っています。

とはいえ、論理的体系性を重視した井田先生の思考体系は、非常に好きです。
現役を引退したら、ゆっくりと刑法の勉強をしたいと思っています。

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カテゴリー:刑事事件 comments(0) 7:12 PM 

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